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08春 インターン生レポート

2008年03月29日 【カテゴリー:08春 インターン生レポート】
排出権取引の現在

環境問題の中で温室効果ガスの排出権取引について話したいと思います。

まず、京都議定書という言葉をよく耳にすると思います。
この議定書は温室効果ガス削減を目的とし、世界の五十五カ国以上で締結され、各国で温室効果ガスの排出量を削減する目標が設定されました。
そのメカニズムの中で排出権取引というものがあり、現在、各国・各企業の中でそれを利用する動きが広がっています。

排出権取引というものは、たとえばある企業の温室効果ガス排出量において基準値を定めそれを排出枠とします。
実際企業活動を行うことで、排出量が基準値を下回ると、その排出量の差は排出権として売る事ができ、上回る場合は買う事で排出枠に収めなければなりません。
現在日本では、排出権取引制度に参加を義務づけてはおらず環境省の主導による自主参加という形で、試験的に行われています。

ここで排出枠を決める方式ですが主にEUや日本の産業界では入札で排出枠を購入する、いわゆるオークション方式を中心に議論されています。
オークション方式にするメリットはただでさえわかりにくい排出権価格の透明性を高めることですが、もちろん市場原理の中で投機目的の売買による価格の高騰や、資金力の弱い中小企業などに過度な負担が増えるリスクがあります。

資金をかけて省エネを推進し、温室効果ガスの削減に成功した企業は市場の売り手になり、逆にエネルギー消費の効率化を進めずに排出量の増加する企業は市場の買い手になる。
そこで第三者機関によって排出枠の基準値を産業ごとに設定し、各国・各企業に割り当てることが公平な市場を作る道であると思います。

ところで、近年バスやタクシーなどの労働条件の悪化や多発する事故のニュースを耳にしますが、これは規制緩和によって自由に運送事業に参入できるようになった結果とも言われています。
海外では、アメリカの電力事業の自由化によってカリフォルニアで大規模停電が起こった事を覚えている方もいるかと思います。
さらに現在の投機目的の資金流入によって原油や原料価格の高騰により、物価高、消費低迷によって企業や消費者の多くが苦しんでいます。

競争市場において生産性の低い企業が競争に負けて淘汰されていくように、排出権取引においても極端な競争市場にさらすことでエネルギー効率の低い、資金の乏しい分野の国内産業の衰退や、企業が倒産する可能性が大きくなります。
これらの自由な競争市場にすることで結果的に失敗した場合、苦しむのは最終的に国民です。

安易に、産業を競争原理を働かせるのでは同じ過ちを繰り返すだけであり、それを変える力の一番大きいのはしがらみのない国民の世論だと思います。

大切なのは地球の環境を守る事はもちろんですが、働く人々の生活を守る事が一番重要と思います。
今、政府だけが議論するのではなく、産業界、国民も含めて大きくじっくり議論する必要があるのでは無いのでしょうか。

2008春インターン生
亀石豊彦

日時: 2008年03月29日 18:05 | | コメント (1) | トラックバック (0)

中学の音楽での和楽器必修化について

 平成14年度から中学の音楽科の授業で和楽器が必修になった。私は大学のクラブで邦楽部に所属し、尺八をしているのだが、大学に入るまで和楽器に触れる機会は無かった。私たちのように必修化される前の世代は、親がやっているなどの特別な環境に育たない限りは和楽器に触れたこともない人がほとんどだろう。

 私自身和楽器をやっていることから、これからの邦楽の発展のためにも学校の授業で和楽器が導入されることには賛成だ。しかし和楽器を必修にするうえでは問題もたくさんある。この必修化から今年で6年目を向かえ、実際の状況はどうなのか、これからどう進めていけばよいのかを考えたいと思う。

 平成14年度から実施されている中学校の指導要領では、「和楽器においては、3学年間を通じて1種類以上の楽器を用いること」とされている。明治以降、日本の音楽教育は伝統音楽の否定、西欧音楽の吸収で進められたといえる。邦楽は流派ごとの口伝のような方法で伝えられてきたため、西洋音楽のように教育現場で使えるテキストや楽譜のようなものが無い。また一部の邦楽は“遊びの場”で発展してきたイメージがあり、教育現場にはそぐわないとも考えられてきた。このような歴史的背景のなかでは今回の和楽器の必修化は画期的なことである。

 和楽器を必修とするうえで、第一の問題は和楽器を指導できる人材がいないことだ。長年日本音楽の教育は軽視されてきたこともあり、平成14年度時点での現役の教師は西洋音楽には十分な知識があっても、日本音楽に関する知識は浅く、和楽器には触れたことすらないという人がほとんどであった。現在では大学で教員免許を取得する際に和楽器に関する単位の修得が必要とされているが、その和楽器の教育を受けた年代の教師はまだごくわずかである。和楽器を学んでいない教師向けに夏休み等に数日間自主参加の研修が行われているが、付け焼刃的なものになっている。

 また、授業で取り扱おうにも楽器自体が不足している。和楽器教育の題材として最も取り上げられているのは箏であるが、一面15~20万円ほどする。三味線や尺八も何十万という値段だ。年に数時間の和楽器の授業のために予算を出すことは難しく、購入できたとしても一、二面である。このため多くの学校ではレンタルや学校間の貸し借りで楽器を調達している。

 時間の配当も難しい。全体の授業時間は減らされている中、どのように和楽器を取り入れていくかを考えなければならない。うまく取り入れないと、生徒も教師も、珍しい楽器を体験した、で終わってしまうことになる。

 これらの問題の解決のために、大学生との協力を提案したい。調べていると、和楽器を指導できる人がいないため外部の講師を呼ぶケースが多いようだ。出前和楽器体験などの活動をする団体もあって好評なようだが、全国の学校の数を考えるととても足りない。また、プロを呼ぶとお金もかかるし流派等の問題もある。そこで、サークルなどで和楽器を使って活動する大学生を呼んで、演奏の実演や楽器の指導を行ってはどうだろうか。大学生はそれほど流派にもこだわらないし、時間の融通も利く。

 実際に私の通っている大学だけでも、邦楽部、雅楽会、和太鼓サークル、その他民族音楽のサークルなど、和楽器を演奏するサークルやクラブがたくさんある。中学側からすると費用もそれほどかからず、気軽に依頼することができる。大学生からしても、自分たちの演奏を発表したり地域との交流の場となったり、自分たちの活動に拍がつくことになる。

 しかし、大学生など外部から人を呼ぶ場合、教師が年間の授業計画をしっかり立て、外部から呼ぶ意味を考えて行わなければならない。生徒と一緒に外部の講師の演奏を楽しむのではなく、音楽の授業である以上、教育的な意味合いを考えることが大事である。大学生を実演、指導として呼んでそれで終わりということにならないように、年間の音楽教育のなかでどういう位置づけでどんな意味を持たせるのかをしっかり考えるべきだ。

 最近、大学と地域が協力してまちづくりや地域活性化などのプロジェクトを行うことが多い。和楽器の演奏や指導を大学生が行うこともそのような例にならえるのではないだろうか。和楽器の必修化に関してはまだまだ問題も多いが、それを解決しようと学校の枠を超えて地域の大学生と協力していくことで、学校と地域のつながりを深めていくことができるのではないだろうか。つながりが深まると和楽器に限らずさまざまな問題に対処していけるようになる。

 これからの邦楽の発展のためにも、義務教育の段階での和楽器教育がうまくいくといいように思う。


2008年春インターン生
木村 あずさ

日時: 2008年03月29日 13:04 | | コメント (0) | トラックバック (0)

いじめ問題について

いじめ問題について

最近、テレビや新聞で頻繁に学校でのいじめ問題が取り上げられている。いじめによる自殺も相次いで行われた。文部科学省の調べによると、平成15年度、小学校公立学校総数23381校に対して、いじめ発生学校数は2787校だった。いじめ発生率は、11.9%。これは前年度に比べると0.5%増えている。中学校でのいじめ発生率は38%で、高等学校でのいじめ発生率は、26.6%だった。中学校でのいじめが1番多い。
では、なぜいじめをするのだろうか。いじめた体験のある子どもの中には、いじめた時の気持ちとして、後悔の念を抱く者も少なくないが、中・高等学校に進むに従い「おもしろかった」「いい気味だと思った」などと答える者の割合が多い。このように感じる子どもがいるということから、思いやりや正義感、善悪の判断についてのしつけが徹底されていないということが分かる。また、将来への夢や希望が明確でなく、自尊感情が持てない子どもや、社会のルールや生活のマナーを守るという規範意識に欠けている子どもが多い。
では、どうすればいじめはなくなるのか。テレビや新聞でよくこんなことを議論しているが、いじめはなくならないのではないかと思っている人も少なくない。しかし、減らすことは可能だと思う。いじめ問題は、子どもと同時に大人も考えなければならない問題だ。大人にも重大な責任がある。いじめが起こらないようにするのが1番だが、起こったとしてもすぐに気が付くよう常日頃から、子どもとコミュニケーションを図ることが大事である。いじめをはやしたてたり、傍観したりする子どもが多くみられるが、そのような行為もいじめる行為と同様に許されないという、いじめに関する正しい認識を子どもに持たせなければならない。いじめを見たら見捨てておかないという正義感や思いやりを子どもの間に行き渡らせる必要がある。そのためには、いじめられている子どもやいじめを告げたことによっていじめられるおそれがあると、考えている子どもたちを徹底して守るという毅然とした態度を、保護者や教師は日頃から示しておかなければならない。お互いを思いやり尊重し、生命や人権を大切にする態度などを育成することはいじめ問題の根本的な解決に不可欠である。その際、特に、かけがえのない生命、生きることの素晴らしさや喜びなどの指導に当たって、発達段階に応じ、死や自殺についても考える機会を提供しなければいけない。国語、算数などの教科よりも、まず、大切なことを子どもに教えるべきではないだろうか。

2008年春  インターン生 鵜飼 美紗

日時: 2008年03月29日 12:42 | | コメント (0) | トラックバック (0)

捕鯨問題について

 
 最近、捕鯨問題が盛んである。オーストラリアと日本の外交にも影響を与えつつある。そこで捕鯨問題とは何かというのを調べてみた。


 1.捕鯨の歴史
 まず捕鯨の歴史についてであるがデンマーク・グリーンランド住民や米国・アラスカエスキモー、ロシア・チュクチ先住民などで古くから行われており、15世紀頃のバスク人も大型船を用いて、鯨肉を食べるだけでなく、髭や骨を利用してきた。日本でも、縄文時代に始まった鯨類利用は12世紀までには産業として成立するようになり、1670年代には日本独自の網取式捕鯨法が開発されて、西日本各地に捕鯨の港町が生まれた。19世紀になると近代母船式捕鯨法が開発され、高速汽船で鯨に近づき、ロープをつけた銛を大砲から発射し、鯨を引き付けるものであり、鯨が減少していく。日本は敗戦後アメリカのサポートで捕鯨を再開し、1958年には世界一の捕鯨国になった。


 2.捕鯨国と反捕鯨国の対立
 その後、鯨資源維持の目的でIWCが成立したが、鯨は減る一方であり、シロナガスクジラなどの大型鯨類は捕獲禁止措置が取られることになった。アメリカ、イギリスなどは主に鯨油を求めていたので鯨油需要の減少から捕鯨の魅力は乏しいものとなった。そして、環境保護運動、野生動物保護運動の高まりから、反捕鯨国に転じた国も多い。現在反捕鯨国の勝利が続いており、商業捕鯨の再開はことごとく否決されている。その根拠としていくつかあるが、疑問な点も多い。代表的なものを次にあげてみる。

  ①まずはじめに、クジラなどの高い知能をもったものを食べるより、他の代替できるもの、例えば大豆や牛肉などを食べればいいと主張する。
 確かに、大豆のたんぱく質の方が動物性たんぱく質より人に吸収される。またそれまで食べている家畜を食べればいいかもしれない。
 しかし、仮に世界の人々が大豆を食べればどうなるか。一面大豆畑になると、地力が低下し、地球環境に多大な負荷をもたらすだけでなく、大豆などがダメージを受ける病が発生すると世界は食糧危機になるだろう。現に、バイオマスエタノールを作るために、それまでいろいろな食物が植えられていたのが、サトウキビ畑になったことで、他の食物の値段が上がっている。これが一面大豆畑になると考えただけで恐ろしい。また、牛肉などの家畜を食べればいいともあるが、これも牧場を広げるために南米の熱帯雨林を切り開いて深刻な環境問題になっている。ゆえに、単一の食物に偏るのは地球環境に負荷を与えてしまうのでするべきでない。

  ②2つ目に、クジラが魚を食べて、漁業資源が枯渇してしまうのではなく、漁業者の乱獲や自然環境の変化によるものだというのがある。
 確かに、漁業者の乱獲も一理あるし、海洋汚染や地球温暖化などの影響もある。
 しかしながら、ミンククジラ、マッコウクジラなどの小型の鯨類が多くの魚を食べており、その量は、世界の漁業生産の3倍以上に上る事実がある。このままでは魚類資源は枯渇してしまう恐れがある。また小型のクジラは数も多く絶滅に頻しているとはいえない。

  このように反捕鯨国の根拠はないに等しいものといえる。また最近日本の捕鯨船に攻撃しているシーシェパードのHPには日本は次のように書かれている。日本は科学調査目的のために鯨を虐殺していると説明され、解体シーンなどが掲載されている。牛肉をつくるときに、牛の解体シーンを出せば牛肉を食べにくくなると同じように、鯨の解体シーンの写真が掲載されている。ちなみにHPには主な捕鯨各国を羅列して各国の捕鯨を紹介している。ただしその捕鯨のやり方が違法なもの、残忍なものと強調しており、捕鯨国を非難している。


 3.私見
  私はこの捕鯨問題についてはもともと捕鯨国を支持する立場である。なぜなら反捕鯨国の根拠は説得力に欠けるからである。ただ反捕鯨国のことも調べてみると、やはり鯨は犬や猫のような愛玩動物のように考えているので、この捕鯨問題は解決するのは難しいと改めて思った。戦後に日本人は鯨肉で食糧危機を乗り越えた経緯もあるからなおさらである。
 またこの問題について日本側の責任としてメディアが反捕鯨国の意見・資料を国民に提供する量が少ないという問題があると思われる。多様な文化・価値観を主張するのであれば、相手側の意見も聞くべきだと思う。
 ただこの問題は捕鯨に対する価値観の違いから世界は捕鯨国と反捕鯨国のどっちかになるというのはありえないと思った。これだけ先住民の文化などを守る民族の多様性が認められつつある世の中にあるにも関わらず、価値観を押し付けあうのは過去の考え方に戻っているとも思い非常に残念なことだと思った。もっとお互いの考えを交換できる場をつくるべきだと思った。

2008春インターン生
瓜生 卓也

日時: 2008年03月29日 12:20 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年03月28日 【カテゴリー:08春 インターン生レポート】
医師不足の解消策について

  今日産婦人科・小児科医の不足が問題となっている。たしかに平成14年度の日本の診療科別医師数は、内科74704人、外科23868人に対し産婦人科12400人、小児科14481人と偏っている。先日、77医院で出産の休止・取扱件数制限がなされていることがマスコミで取り上げられたばかりである。そこでこの問題に対する私なりの解決策を提案したい。
産科・小児科医不足の原因として、医療過誤の際の訴訟のリスクが高いこと、産科の場合、昼夜問わない勤務が要求されること等が挙げられる。これらは子や妻というまだ若い者を患者とし、完治して当然と一般に思われている事項を対象とするという、産科・小児科の性質上必然的なものであり、この原因を取り除くことは難しい。
もちろん産科・小児科が自発的に多くの医師が集まる魅力的な科になることが一番の解決策であり、そのため診療報酬の改定等も進められているが、大規模な改定は予算の関係上難しいようである。
そこで私が提案する解決策は、産婦人科・小児科医になることを大学入学段階で義務付ける定員枠を各大学で必ず設けることである。
この案のモデルは、自治医科大学や防衛医科大学入学者の処遇である。例えば自治医科大学入学者は、学費免除の代わりに9年間一定地域での勤務を義務付けられ、違反した場合は学費全額を返納することとされている。
これと同様に、産婦人科又は小児科として卒業後10年間勤務する定員枠を各大学につき10名設けることとし、学費を全額貸与する。契約を守れば返還を免除し、違反時には違約金付きで全額返納させる。医療関係以外の職につくことは契約違反ではないが、産科・小児科医として10年間働く前に、それ以外の医師として仕事をすることを、契約違反とする。
この案の利点は、大学受験時の医学部人気を利用することで、高い確率で産科・小児科医となる学生を確保できる点にある。違約金を高くすれば実効性が上がると思う。
産科・小児科医不足問題は、先に挙げた原因で産科・小児科医を辞める者が増え、残った者がますます忙しくなり、さらに辞める者が増えるという悪循環に陥っている。この悪循環を断ち切り、子どもが病気になった時や、出産という人生の転機を安心して迎えられるようにするためには、多少強引にでも、産科・小児科医になる者を増やさざるを得ないと思う。
私の案を現役医学部生に言うと、①職業選択の自由に反する、②お金につられて産科医・小児科医になる者が増え、質が下がるなどの批判があった。
さしあたり私は、①については、医師以外の職業に就くことは禁じられないから差し支えない、②については人数を増やしたり経済的なインセンティブを与えるときにはつきものなので、学部での実習や研修に期待したいと思う。
不完全な案ではあるが、皆さんに考えてもらうきっかけになれば、幸いである。


2008春 インターン生 岩橋 毅彦

日時: 2008年03月28日 16:42 | | コメント (0) | トラックバック (0)