07夏 インターン生レポート
歩きタバコ禁止条例の制定と罰金化
この条例は喫煙者にとっては納得し難いことかもしれません。しかし、周囲の人のことを考えたらどうでしょうか。タバコは吸っている人が吐き出した煙、副流煙のほうが体に悪いということは知っている人も多いはずです。つまり、喫煙者本人よりもその周りにいる人のほうが害は大きいのです。
このことから、最近では禁煙と喫煙とをしっかり区切っている場所も増えてきました。ところが、道路ではどうでしょうか。道路では禁煙・喫煙と分けられているでしょうか。また、駅では禁煙と喫煙とに分けているにも関らず自分たちの好きな場所で吸っている人も見かけます。このように分けていても守れない人がいることも現状です。
今までは人の良心に任せてきましたが、もう限界です。行政が動き出さないと改善されない状態になってしまいました。条例をつくって罰金を課すようにすれば、人は自然と自分の行動に責任を持つようになると思います。
実際に大阪市では禁止区域における喫煙に対して1000円の罰金という条例を2007年4月1日に施行しています。喫煙者本人が健康を損ねることはその人も責任です。しかし、喫煙していない人が体を害するということはおかしいことではありませんか。
関係のない人の健康を損なわないためにも、歩きタバコの禁止条例の制定と罰金化は必要だと思います。
2007夏インターン生 樋口由華
日時: 2007年09月17日 18:23 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
市営住宅に入居している市職員が家賃を滞納している―
話は変わりますが、平成19年3月では教職員を除いた52%の市職員が市内に住んでいました。ここで、市職員なのに市内に住まなくてもいいのかと疑問に思われる方もいるとは思います。しかし、残念ながら市職員だからといって、その市に住めというのは日本国憲法第22条第1項「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移動及び職業選択の自由を有する」で定められているため強制すると法に反するのでできません。
そこで、交通費に注目したいと思います。
東大阪市内に住んでいる職員の交通費を全額負担というのは納得できることだと思います。ですが、市内に住んでいない職員の交通費を全額負担するのはおかしいことだと思いませんか。それに、市外居住者は運賃も高額なはずです。そこで交通費は東大阪市内からの金額を出すようにしたらいいと思います。東大阪市までの交通費は自己負担、当然のことだと思いませんか。そうすれば自然と東大阪市内に住む人は増えてくると思います。
さらに考えてみてください。
平成19年3月では48%の市職員が市外から通勤していますが、万が一東大阪市で何か災害が起こったとき、果たして迅速な対応ができるでしょうか。おそらく対応はできたとしても迅速ではないと思います。やはり、職員の人は何かあったときにすぐに対応できるように市内に住むべきです。
市外に住んでいる職員の人にとって、東大阪市は住みにくい街なのでしょうか、住みたくない街なのでしょうか。東大阪市のことを考えているのであればこれぐらいはしてほしいです。
2007夏 インターン生 樋口由華
日時: 2007年09月13日 09:56 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
メディアリテラシー
当たり障りのない報道や面白おかしい娯楽ばかりを提供することが多い現代のマス・メディアであるが、社会に与える影響は大きい。このような中で大きな要因の一つはメディアの過熱報道であるように思われる。メディアの情報の多くは、一対不特定多数の上、一元的となっているのでこのようなことが起こってしまうのかもしれない。
情報の受け手である我々は、メディアの情報をそのまま受け入れるのでなく、きちんと真偽を判別して、結果だけに目を向けるのではなくその情報に至った過程にも気を払わなければならない。その過程を知る上でもう一つ重要なことは、人々は他人事としてメディアからの情報を受け取ってしまい、自分事として見ないことにあるのではないか。大半の人々は他人事として見ているはずだしそちらのほうが楽である。しかしそうしているうちには情報の真偽を見極められず、過程も見ようとはしないはずである。テレビ局は番組の面白さを追及するあまり、単純な見方しか行わなくなってしまった。だが、これにも分かりやすさを求める視聴者側にも多分に責任はあるはずである。
多様性と自由を求める現代にとって、メディアは生活の一部であるが、その最も重要なメディアの一つであるテレビという媒体を通じて情報の受け手となる我々はもっとメディアというものに対して危機感といってもよいようなものをもつべきなのかもしれない。
2007インターン生 保 智也
日時: 2007年08月31日 17:21 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大学合格実績問題
府内私立高校で「学校が受験料を負担し、特定の生徒に志望と関係のない学部・学科を多数受験させ、合格実績を事実上水増ししていた。」という報道がありました。世間の関心は一気に高まり、大阪府は7月25日付けで府内私立高等学校を対象に「大学受験料の負担及び大学合格者の公表の状況に関する調査」を実施いたしました。その結果、様々な問題が浮き彫りになりました。
まず、報道当初から話題になっていた学校側の受験料の負担問題です。調査の結果、31の私立高等学校等において学校が大学の受験料(入学検定料)を負担していることがわかりました。そして、そのうち生徒本人に進学意思を確認している学校は、9校しかありませんでした。このことから半数以上の学校が生徒の意思確認をしていないということがわかります。また、受験料を負担することについては生徒本人のみ個別に通知という状況が87.1%とほとんどの学校がそうでした。
確かに、大学の合格率は高校を決めるときの大切な要素です。だからといって、生徒に進学意思がないにもかかわらず受験させるということは学校の都合だと思います。学校にとって生徒とは進路指導のためのデータ収集のため、合格実績を上げるためにいるのでしょうか。生徒を誘導し受験させることは、学校側にとったらプラスのことだと思います。しかし、生徒にとってみたらどうでしょうか。合格実績の数字を信じて高校に入学したが実は違っていた、となるとこれは進路に影響を与えることになります。このことから、これからは大学受験に係る指導に当たっては、生徒の進学意思を十分に尊重することが重視されるべきだと思います。
次に、大学合格実績の公表についての問題です。これまでも生徒や保護者の主体的かつ自由な学校選択を実現するための判断基準として、十分な学校情報を提供するよう促してきました。しかし、実際には合格実績が「実人数」や「延べ人数」であることの表記がなされていない学校が多くありました。この結果、生徒や保護者には誤解を生む形で公表されていました。
受験生にとって、毎年どれぐらいの人が実際どの大学に進学しているのかは気になって当然のことだと思います。もちろん、卒業生から見ても気になる点だと思います。
○ 「在校生(現役生)」と「卒業生(過年度生)」に分けて表記する
○ 「合格者数」ではなく、「進学実績(大学名・進学人数)」を記載する
など、各学校間統一の基準に基づく本来の数字を知りたいはずです。
私はこの問題の解決策として一考頂きたいと思います。
2007夏インターン生 樋口由華
日時: 2007年08月31日 17:00 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
コミュニティ・スクール
◆導入
次の世代の人材を育てる教育は、非常に重要な政策である。
社会を構成する人間の形成に重要な影響を与える教育は同時に、社会の影響も受け続ける。
その切っても切れない関係の中では、教育に関する問題も絶えず起こってくる。
◆学力問題と社会構造
教育政策を考える時、「社会に求められている人材」像なしには、教育を語ることは出来ない。そして近年、日本の経済構造・社会構造が変化することによって、「社会に求められる」人物像は確実に変化してきている。
今の日本では、全員がひとつの答えに向かっていく教育・労働だけでは通用しなくなった。それぞれのニーズに合わせた創意工夫をともなう「問題解決能力」が求められる時代になっているというのが現状である。かつての高度経済成長期のように、生産物がすべて売れた時代には、すでに用意されている一つの答えにいかに早く到達できるかが問われていた。それに対し現在は何を解決すべきか、という点から考えて「問題を発見し、解決していく能力」が求められるようになった。それに伴って、全国一律の教育プログラムのハードルは下げられたのがゆとり教育である。
この区分を用いるなら、学力問題でよく話題にのぼるOECD学力調査は、結局「一つの答えに向かっていく問題形式」であって、日本の従来型の学力が落ちたということは事実であることは認めるべきだ。教育内容の削減を行えば、従来型の学力は平均値として下がるとは当然であると言える。
しかし、ただ単に授業数を増やせばこの従来型学力は元に戻るのかというと、そのようにも考えにくい。授業時間を増やしても、生徒の学習に対するモチベーションがなければ学力も伸びない。勉強に対する意欲が以前よりも下がっているということも感じる。以前現場の教師の方に話を伺ったとき、「昔は学校以外でも生徒はしっかり勉強していたが、今は生徒が学校でしか勉強しなくなっている」という話を聞いたことがある。その話も、単に授業の時間を増やしても(従来型も新しい型も)十分に学力の伸びにつながるとは限らないという予想を示しているように思える。
先ほど述べたように、ゆとり教育の政策の背景には、従来の教育では社会に対応できなくなったために求められたという経緯があり、現在の政策が十分効果が出ていないからといって単純に、「今の教育制度を維持するのか、元に戻すのか」という議論をしても意味はない。今は、「新しくどのような教育が求められているのか」という問題意識こそ重要だ。
そして現在の教育を取り巻く問題はどのようなものがあるかを考えたとき、
①学力問題 (新しいタイプの学力の必要性)
②いじめ・不登校
③地域社会の変容
④教員の指導能力不足
といった項目を挙げられる。
それらの課題に対して、現在の一つの解決策としては全国一律の政策ではなく、個別のニーズに応えられるよう、各自治体・各学校が独自の教育を行えるように制度を整備することが挙げられている。
◆コミュニティ・スクール
全国一律の教育内容だけではなく、各地域に特有のニーズに柔軟に学校が対応できるシステムを整えるのと同時に、教員の指導能力だけでは教育の必要性に応えられない現状に対処する試みとして現在、「コミュニティ・スクール」と呼ばれる学校制度が注目されつつある。
コミュニティ・スクールとは、教員・保護者・地域住民を構成員とした「学校運営協議会」という組織を持つ学校のことである。その「学校運営協議会」は、学校のカリキュラム内容等、学校運営の基本的な内容に関して決定を下すことができ、その学校の人事に関しても、採用者に意見を言うことができる公立学校のことである。それにより、地域に開かれた学校を目指し、日常の中でも地域住民が学校内の授業に積極的に関っているところが多い。
教育の課題に対応する新しい試みとして、大阪府でもコミュニティ・スクールの普及を検討する余地はあると考える。
07夏インターン生 西野勇人
日時: 2007年08月27日 14:10 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

